恵那の歴史

大井宿おおいしゅく

大井宿

大井宿(おおいしゅく)は江戸日本橋(えどにほんばし)から数(かぞ)えて46番目(ばんめ)の宿場(しゅくば)。かつては美濃路随一(みのじずいいち)の宿場として栄(さか)え、全国(ぜんこく)でも9番目の盛況(せいきょう)ぶりだったという。宿場には、敵(てき)を防(ふせ)ぐため、街道(かいどう)が直角(ちょっかく)に曲(ま)がる枡形(ますがた)が6ヵ所(かしょ)あります。これほどたくさんあるのは中山道(なかせんどう)の宿場ではここだけです。大井宿本陣(ほんじん)は、表門(おもてもん)、庭(にわ)が残(のこ)っています。中山道ひし屋(や)資料館(しりょうかん)や、明治天皇(めいじてんのう)が宿泊(しゅくはく)された行在所(あんざいしょ)などでは、街道(かいどう)や宿場(しゅくば)の様子(ようす)を分(わ)かります。