恵那の歴史

岩村城跡いわむらじょうせき

岩村城跡

近世(きんせい)の山城(やまじろ)のうち、全国(ぜんこく)で最(もっと)も高(たか)い標高(ひょうこう)717メートルに築城(ちくじょう)されたことで「日本三大山城(にほんさんだいやまじろ)」の一(ひと)つです。日本城郭協会(にほんじょうかくきょうかい)の「日本100名城(めいじょう)」にも選(えら)ばれています。霧(きり)が多(おお)いこの地方(ちほう)特有(とくゆう)の気象(きしょう)までもが城造(しろづく)りに生(い)かされたとされ、別名(べつめい)「霧ヶ城(きりがじょう)」とも呼(よ)ばれました。築(きづ)いたのは、源頼朝(みなもとのよりとも)の重臣(じゅうしん)加藤景廉(かとうかげかど)と伝(つた)えられます。戦国時代(せんごくじだい)には、ここで織田(おだ)と武田(たけだ)が争(あらそ)いました。